寿司の始まりや当時と現在の違い🍣

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こんにちは宙です。

現在シドニーの寿司屋で働いているのに寿司に関する知識が表側しか知らない事に気づいてしまい、お客さんに聞かれる前に調べておかなくては…!となったので、難しくならない程度に記載していきます😬

🍣お寿司の始まり🍣

みんなの知っている酢飯の上に新鮮な魚の切り身が乗っている寿司🍣とは少しかけ離れてはいますが発祥の地は、東南アジア(中国、ベトナム、タイ、インドネシアなど)と言われています。

初めは、魚を長期保存するために発酵させたお米で魚を包んだとされる熟鮓(なれずし)、

言わば発酵食品がお寿司の始まりとされています。

ドロドロに溶けたお米は取り除きネタのみを食されていたそうです。怖いです!すみません

なかなか食べたいとは思えない響きですよねぇ。。。。(°▽°)

 

🍣当時の握り寿司🍣

始まりは東南アジアと言われていますが、このような手法は日本でも行われており、江戸時代初期には米酢が作られており、そこからは米酢とお米を混ぜネタを載せる寿司が誕生。

ところが当時はまだ新鮮な魚の切り身を使うというよりは、煮た貝類やアナゴ、お酢で〆た光り物が中心とされていました。それが世に言う江戸前寿司なんだと思います。

それとお塩などをつけて食べていたとも言われています。 なんか物足りない。。😦

こういった魚を調理、仕込みするのも食材を長く保存するためだったんでしょうね。

当時は冷蔵庫が無いわけだから、、

そして大きさも当時はおにぎりほどの大きかったと言われています。

二つでお腹いっぱいになりますね😃

🍣冷蔵庫による革命🍣

明治時代後半、氷で寿司ネタを冷やし保存することに成功。言わば原始式冷蔵庫の爆誕です。

コレにより当時は扱いの難しかった赤身魚やその他の魚類の切り身を使った握り寿司が少しずつ増えていったと言われています。

 

🍣関東大震災🍣

関東大震災で関東中の寿司職人達が日本各地に散らばったと言われています。

その頃大阪辺りでの寿司の評判はそこまで良くは無かったと言われていますが、おそらくコレを機に色々なお寿司屋が広がっていったんじゃ無いのかなぁと考えています。

そうやって寿司にハマっていったんだな!⇦個人の意見です

当時の寿司は日本の寿司と言うよりは、東京の寿司といった馴染み方だったんでしょうね。

 

🍣握り寿司が小さくなった訳🍣

時は昭和時代、戦争の始まり

その影響で食物は減りお店も閉まっていくわけです。

それでも、と立ち上がった寿司職人は少ない量の酢飯で一口サイズの握り寿司を考案し、

現在の皆さんの知る握り寿司にたどり着いたのかもしれません。